暑期

暑期

住んでいるアパートに張り紙があり、今日はお昼から夕方まで断水になるということ。プールにも入れないし、少々不便なので、お昼に外出しました。 一歩外へでると、熱風が吹き荒れています。それもそのはず、最高気温は37度。体感気温48度だったようです。 そういえば先日、タイの気象庁も「暑期に入りました」と宣言したようです。日本でも、梅雨入りすると、気象庁が一歩遅れて宣言するのと同じでしょうか。 最近どうも、鈴を鳴らして通りを行き交うアイスクリーム売りの数が、ぐっと増えたような気がします。タイの人でも暑くなるとアイスクリームを食べたくなるのかなぁ?単に自分が食べたいと思っているから、よく気がつくだけなのかもしれません。     暑いうちに、来年の夏もののデザインをしています。秋冬ものは全然思いつかなくて困るのですが、バンコクの暑さのおかげで、真夏ものはスイスイです(春夏服専門になろうかとも思うほど)。 ここのところ、インドのカディコットンを織ってもらっている工房とやりとりをしています。いつもの生地のほかに、新しいものをお願いすることになっているのです。 とはいっても、相手はあのインド。びっくりするほど軽くて魅力的な生地を作ってくれることには脱帽ですが、お願いしていたのと全く違うものが届いたり、関税の額に目の玉が飛び出たり。送ってくるはずの時期に届かないのはいつものことですし、、、、必ず何か起きるので、気が抜けません。 服の形になって、みなさまにお見せできるのは随分先のことですが、楽しみにしていてくださいね。   これらの写真は一年ほど前にチャイナタウン周辺で撮ったもの(最近はカメラを持ち歩いていないので、新しい写真がありません)。 豆鼓や花椒を買いに寄った下のお店。店先に据えてあるお茶スタンドでは、羅漢果、菊花茶、王老吉や廿四味茶(二十四味茶)などの涼茶を売っています。こんなお茶スタンドは、香港や台湾でご覧になったことのある方も多いのではないでしょうか?タイなのにチャイナタウンは、やっぱり中華圏ですよね。 龜苓膏(亀ゼリー)や羅漢果のジュースは、ペナンにいた時に涼茶舗で食したのがとても甘たるかったのです。効能はあるのでしょうが、常食したら逆に病気になりそうな気分になりました。 涼茶なら漢方みたいなのかな?一度飲んでみたいです。日本に帰る前に、もう一度買い出しにいくので、その時に寄ってみます。  

チャイナタウンにて

チャイナタウンにて

おとつい、バスルームでひとり静かにしていた息子、何をしているかと覗いてみると、なんとおへそを歯ブラシで磨いて(?)いました。私に見つかる瞬間に、歯を磨いているフリに切り替えたもの、全てお見通しです。 翌日、おへそが真っ赤になって、「お腹が痛い」と言いだしたので、夫と二人で「なんとアホな奴、、」と呆れかえっていました。 今朝、近くの薬局へ行って抗生物質入りの軟膏を買いました。薬剤師さんに説明するのに、息子のおヘソを見せ、歯ブラシで歯とおヘソを磨くジェスチャーをすると、みんなで大爆笑。そりゃそうですよね、、。 抗生剤も飲ませ始めて、様子見です。あぁ、大事になりませんように。 ・・・・・ 今日は、バンコク滞在中のきょうこさんとチャイナタウンへ。 バンコクの楽しみかたは人それぞれだと思いますが、私にとっては、チャイナタウンとリトルインディアが一番です。何度も足を運んだオールドバンコク周辺は、どんどん変わっていくし、、、。他には、行きたいところもあまりありません。なので、チャイナタウンと聞けば、自然にテンションも上がります。 さて、そのチャイナタウンには、いろいろな問屋が集まっています。息子はおもちゃの問屋街へまっしぐら。キッチン用品の問屋では、きょうこさんは目当てのホーロー用品などを買い、私も探していた道具を見つけて満足です。いつも私が貝ボタンを買う店もこの近く。     隣のリトルインディアにて、テージパッタ(インドのベイリーフ)やら新たな食材をみつけて夫も嬉しそう。テージパッタは、この時とばかり1年分(それ以上ありそう)買い込んでいました。 お昼はいつものインド料理店で。インテリアにベクトルが行っていないところが好きです。その代わりに食事からスウィーツまで、なんでもとてもおいしい。     お昼のあとはチャイナタウンへ戻り、揚げた豚の皮を探して乾物街をウロウロ。魚の浮き袋はいろいろ種類があったけど、きょうこさん目当ての大きさの豚の皮はありませんでした(揚げた豚の皮は、パパイヤのサラダの付け合わせになどにします)。 そういえば、去年末の広州で、揚げた魚の浮き袋が入ったスープを食べたのです。これがとてもおいしかったのを思い出しました。バンコクにいる間に、浮き袋を買って自分でも作ってみなければ。 カリカリに揚げた豚のバラ肉や塩漬け魚も並んでいて、カイラン(中国ケール)と炒めたらおいしいだろうなぁ、、と妄想しながら歩くが最高に楽しい通りなのでした。           最近出かけたといえば、近所のヒンズー教のお寺まで散歩に行って、帰りに南インド料理を食べたくらい。ブログに書く出来事に困るほどの地味さ。なので、今日のチャイナタウンほっつき歩きは、ここ一番のハイライトなのでした。 中国本土も最近は近代的なお店が増えていて、街もどんどん変化を続けています。それとは逆に、このチャイナタウンは、昔懐かしい中国っぽさが残っているように思います。それを見るのも楽しくて、何度来ても飽きません。 次回は厚いまな板とボタンを買いに行きます。

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます

新年あけましておめでとうございます! みなさま、今年のお正月をいかがお過ごしでしょうか? カウントダウンの花火もなく、とても静かなバンコクの年明けを迎えました。 相変わらず涼しいお天気が続いていますが(30度〜32度くらい)、考えてみれば今は一年で一番寒い(?)時期なのでした。しばらくはこの過ごしやすさを満喫することにします。 ・・・・・ さて、年末に行ったチャイナタウンの続きです。   チャイナタウンはいつ行っても活気があります。 いつも行く漢方薬局で、染め材料を調達。目当てのものも珍しく在庫があったので、たくさん買っておきました。 そういえば、タイのチャイナタウンでは、漢字が読める=中国語が分かる、と思われて、中国語で対応を受けます。日本人が漢字を使っているなんて、世界では知らない人の方が多いのではないでしょうか?それを思えば不思議ではありませんよね。   この下の薬局には親切なおじいさんがいるのですが、今回はお留守でした。   夫はこの台所用品店で、大きな肉用の包丁を2つ購入。日本へ帰って使うのが楽しみなのだそうです。その隙に、私は隅に置いてあった琺瑯の弁当箱を激写。日本ではみられない色遣いですよね。     帰ってきて早速お茶を入れ、リトルインディアで買って来たインドのお菓子をあけました。ペナンで食べたこれに似ていますが、バターとアーモンドの香りのする細い細い針のような飴が積み重なり、サクサクふわふわです。作り方を調べたら、大変手がかかりますが自宅でも作れそう。長野に帰ったら試してみたいです。 One of our favorite Indian sweets called “Soan Papdi” is made from palm sugar, clarified butter, chick pea flour, pistachios and almonds. The process is complicated and time consuming if done by hand, but that which is sold commercially as shown in the photo is machine made. This sweet is flakey and goes wonderfully with a strong black unsweetened tea.   ようやくリトルインディアとチャイナタウンの辺りも地理事情がわかってきたので、ウロウロせずにすみました。今回の買い出しも成功!   しばらくはどこもお正月休みのようで、近所のお店もほとんどが閉まったまま。お店が開き次第、シーチング(綿の布)を買って、ドレーピングを始めるつもりです。

バンコク4日目

バンコク4日目

チャイナタウンの路地の奥にある今回の宿から、毎朝ニワトリが鳴いているのが聞こえます。お天気もよく、かといって暑くもなく、風があってちょうどよい毎日です。 去年、琺瑯の洗面器と共に旅行したら、洗濯がとても便利だったので、今回は折りたたみのバケツをもってきました。側面が蛇腹になっていて、畳むとぺちゃんこになるものです。 宿によっては、洗面台が小さすぎたり、栓が無くて水を貯められないところもありますよね。「海へ・・」も持ってきたので、ここで一晩浸け置き洗いをしています(染めたものも洗えますし)。今回は楽勝です! バケツだけでなく、ハンガーも小物干しも持って旅行するなんて、夫には理解できないようですが、、、(←私の洗濯用具を活用していますけどね)。     近年目立つのは、ロシア系観光客の多さ。タイとロシアの間には協定が結ばれ、観光ビザなしでお互い滞在できるようになったのだそうです。特に今の時期は、冬の寒いロシアを抜け出してきたと思われます。北欧からの旅行者もよくみかけます。みんな、太陽を拝みたくてタイに来ているのは同じでしょうね。 冬に入ってから復活してしまった私のバネ指(腱鞘炎)も、こちらに来てからすっかり緩んで楽になりました。夫も、痛風気味の足の調子がよいようです。「歳をとると、フロリダに移住する人が多いのも分かる」と言っていたことがあります。うん、確かに。     染め材料も買ったし、次の滞在先も決まったし、後は来週友達のところへミシンを取りにいくばかりです。レギンス用の100%ウールジャージー黒生地(ウール&アルパカの混紡ジャージーも)も日本から持ってきたので、これで最終試作を作る予定です。他にも新しいものを考えていますよー、フフフ。  

blog_28th March, Bangkok, Day 3

blog_28th March, Bangkok, Day 3

スーコタイからバスでバンコクへ来ました。 スーコタイから6時間でバンコクのバスターミナルに到着予定でしたが、それが大幅に遅れました。道中、1時間ほどウロウロ寄り道していると思ったら、なんとタイヤを探していたようです(ぐーすか寝ていた私は、そのタイヤ交換の音で目が覚めました)。 ほらね、バスで移動すると、絶対なにか起きるんですから。 バンコク到着後は、市内のラッシュでタクシーがなかなか進まず、結局バンコクの宿に着いたのは、スーコタイを出て10時間後でした。   それはともかく、バンコクに着いた翌日に向かったのは、チャイナタウン。       息子と夫をスターバックスに置いて、私は染め材料を探しました。 目当てのお店にはなかったけれど、店主が親切に他のお店を教えてくれたので、そちらで無事に見つかりました。どこもそうですが、漢方薬局には、薬を入れる沢山の引き出しがあり、目の前には亀の甲羅だの、タツノオトシゴだの、小さな乾燥蛇だの、わけの分からない物が並んでいて、つい写真を撮ってしまうのです。 染め材料のあとは、服飾材料を買ってから帰ってきました。いつもは迷いまくってたどり着くのですが、やっとどこにどのお店があるか分かるまでになってきました(←今頃)。       いつも滞在しているプロンポン周辺も、ここ10年でどんどん変わりました。大きなショッピングモールが道をはさんで向かい側にまで拡張していています。テナントを見ると、ペナンのモールと同じような店ばかり。 大きな都市は、どこへ行っても同じようなものばかりでつまらないですね。タイには、手仕事の見られる場所やお店が残っているのが、まだ救いですが。 それに引き換え、バンコクのチャイナタウンは、昔からあまり変わっていないのでしょうけれど、何度行っても強い個性と目新しさと面白さがあります。今度はチャイナタウン周辺に滞在してもいいなあ、なんて思いました。      

blog_26th January

blog_26th January

無事にマレーシアへ戻ってきました。 ミニバスで4時間かかるところ、6時間かかりました。やはりミニバスに乗ると、スムースにいかないようです。 マレーシアとタイの国境を越えるまでは順調だったのですが、マレーシア側に入るなり運転手のにーちゃんが、「これからバイパスするから」と言いながら、グネグネ道を暴走し始めました。それはバイパスというより、どうみてもただの周り道。時々幹線に戻っては、またローカルなグネグネ道に戻ること何度も繰り返し。酔うわ酔うわ、まさかこんな平地であれだけ車酔いするとは思いませんでした。 ですが、道中、水牛がのんびり草を食べているところを見たり、「カンポン(村)××」と入口にかかれた小さな集落を幾つも通り、牛の群れを突き抜けて走り、普通の旅行ではみられない風景も目に出来たのはよかった、とでも思わないといけません。 夫があとで言った「高速道路の料金を浮かせるために下道を通ったんだな」との推測は正しいと思いました。他の乗客はタイ人だったようですが、到着時間を2時間もオーバーしても誰も何も言いませんでした。防虫剤バス事件の時も思いましたが、タイの人は我慢強いのか、他の人のやることに干渉しないのか、、、苦情を言う文化でないことは確かです。 ミニバスはもうこりごりです。   下はハトヤイの雰囲気に似ている、バンコクのチャイナタウンにて(去年の夏の写真です)。ハトヤイで撮ったものは、これから現像に出します。           このように、ハトヤイの街もまるでバンコクのチャイナタウンかと思う様に中国色の濃い街だったのが意外です。 タイ南部では、2004年以来イスラム過激派のテロが頻発していて、このハトヤイも去年の夏にはセブンイレブンで爆発が起き、多数死傷者がでています。タイ南部=マレー系多しというイメージだったので、ここもイスラムの街かと思っていましたが、モスクは街の中心にたった一つ。イスラム教徒が押しやられているだけなのでしょうか? そういえば、ハトヤイ滞在の最後の夜に火鍋(鍋)を食べたお店では、メニューがタイ語・中国語・英語で書かれていました。が、いざ注文しようとしても、お店のおじさんに英語が通じず四苦八苦。すると、聞くに耐えなかったのか(?)、隣のテーブルのおじさんが通訳してくれました。この親切なおじさん、あごのほくろに長い長い毛を大事に生やしていて、私はそれが気になって仕方ありませんでした。 一体、どこの国にいるのか分からなくなってしまいそうなハトヤイ滞在でした。(調べてみたら、ここは客家人の華僑・謝枢泗が100年前に建設した街なのだそうです。なるほど納得)。