blog_12th February

blog_12th February

ペナンでの生活も、あと一ヶ月ほど。 パターン製作に時間を使うことができるのも、あと少しの間。今は来年の分のパターンを作っています。生地店にトワル(パターンを作るのに使う綿の布)を買いに行くと、お店の女性に「どうしてあなたはいつも同じ布ばかり沢山買うの?」と聞かれます。 沢山買っても、一つのパターンを仕上げるのに、何度もトワルで作り直していると、これもあっという間に無くなってしまいます。 この冬は、パターン製作に時間をかけることができ、とてもよい冬でした。これから、どんどん新しい形を作っていきますよ!パンツパターンの研究もしたいので、日本へ帰ったらパンツ人台も買いたいのです。リネンの帆布があるので、そのうちこれでパンツも作る予定です。        

blog_8th February

blog_8th February

    今年から確定申告はインターネット(イータックス)でしようと、日本に居る間に住基カードを取得し、そのカードリーダーも買って、いざ!、、と意気込んでいました。しかし、データを作り終え、さて申告という時になり、私のつかっているマックブックの型が古すぎて、必要なソフトがインストールできないことが分かりました。もう、がっかり。 このマックブック、OSじたいが古いので、ブラウザのアップデートもできないほどです。4年以上使っているけど、何の問題もないのに、OSが古いからというだけで買い替えなければならないというのは、どうも納得がいきません。 服を繕ったり、桶の底を直したり(なんて、今ではやらないけど)、それと同じことはできません。新しくソフトウェアでも買えば、それだって入れられなくなるだろうし。こうしてどんどん取り残されていくのですね。 結局、確定申告は郵送することになりました。     去年の夏、上海から電車に乗って行った、蘇州とその近くの水郷の街。その時に撮った写真を、今更ながら見返しています。見ているうちによみがえる、しとしと雨の日々。これを見ていると、おいしかったザリガニ料理(カエル料理も!)まで思い出します。 デジタルカメラで撮りはじめた時は、もう撮ったその日にフリッカーにバーッと載せて、、という事をやっていましたが、今では半年以上も前の写真を引っ張り出して、、という具合。 ここでも時代の流れに取り残されています。でも、これでよいのです。  

blog_ 2015 Matsumoto Craft Fair クラフトフェアまつもと

blog_ 2015 Matsumoto Craft Fair クラフトフェアまつもと

今年もクラフトフェアまつもと応募の時期がきました。選考に落ちるのではないかと毎年2月はドキドキしながら結果を待っています。もし落ちたら、今年の五月にはゆっくり松本を訪れ、松本民芸館や工芸の五月の展示などへ行ってみたいものです。 先月には、いつも応援してくださっている松阪のYさん達が、松本民芸館の企画展を訪れ、市内のクラフトショップ巡りも満喫なさったと伺って、とても嬉しくなりました。お話によると、このかご展の後は、染と織の企画展が、初夏には刺し子の企画展があるそうです(Yさん、情報どうもありがとうございます!)。 写真は、松本のあがたの森の中にある、旧松本高等学校にて。あがたの森はクラフトフェアまつもとの会場となっていますが、ここに一歩入ると、外の喧噪が嘘のようにひっそりしています。(自由学園明日館もそうですが、こんな学校で勉強してみたかった!) The following photos show interior views of the former Matsumoto High School presently located in Agata-no-mori Park. I am looking forward to participating again in the annual Matsumoto Craft Fair, and look forward to seeing my many friends and customers during the two-day weekend event, held this year on May 30-31.    

blog_26th January

blog_26th January

無事にマレーシアへ戻ってきました。 ミニバスで4時間かかるところ、6時間かかりました。やはりミニバスに乗ると、スムースにいかないようです。 マレーシアとタイの国境を越えるまでは順調だったのですが、マレーシア側に入るなり運転手のにーちゃんが、「これからバイパスするから」と言いながら、グネグネ道を暴走し始めました。それはバイパスというより、どうみてもただの周り道。時々幹線に戻っては、またローカルなグネグネ道に戻ること何度も繰り返し。酔うわ酔うわ、まさかこんな平地であれだけ車酔いするとは思いませんでした。 ですが、道中、水牛がのんびり草を食べているところを見たり、「カンポン(村)××」と入口にかかれた小さな集落を幾つも通り、牛の群れを突き抜けて走り、普通の旅行ではみられない風景も目に出来たのはよかった、とでも思わないといけません。 夫があとで言った「高速道路の料金を浮かせるために下道を通ったんだな」との推測は正しいと思いました。他の乗客はタイ人だったようですが、到着時間を2時間もオーバーしても誰も何も言いませんでした。防虫剤バス事件の時も思いましたが、タイの人は我慢強いのか、他の人のやることに干渉しないのか、、、苦情を言う文化でないことは確かです。 ミニバスはもうこりごりです。   下はハトヤイの雰囲気に似ている、バンコクのチャイナタウンにて(去年の夏の写真です)。ハトヤイで撮ったものは、これから現像に出します。           このように、ハトヤイの街もまるでバンコクのチャイナタウンかと思う様に中国色の濃い街だったのが意外です。 タイ南部では、2004年以来イスラム過激派のテロが頻発していて、このハトヤイも去年の夏にはセブンイレブンで爆発が起き、多数死傷者がでています。タイ南部=マレー系多しというイメージだったので、ここもイスラムの街かと思っていましたが、モスクは街の中心にたった一つ。イスラム教徒が押しやられているだけなのでしょうか? そういえば、ハトヤイ滞在の最後の夜に火鍋(鍋)を食べたお店では、メニューがタイ語・中国語・英語で書かれていました。が、いざ注文しようとしても、お店のおじさんに英語が通じず四苦八苦。すると、聞くに耐えなかったのか(?)、隣のテーブルのおじさんが通訳してくれました。この親切なおじさん、あごのほくろに長い長い毛を大事に生やしていて、私はそれが気になって仕方ありませんでした。 一体、どこの国にいるのか分からなくなってしまいそうなハトヤイ滞在でした。(調べてみたら、ここは客家人の華僑・謝枢泗が100年前に建設した街なのだそうです。なるほど納得)。

25th November

25th November

先日の長野北部の地震はとても大きな規模だった様ですが、長野にお住まいの皆様はご無事でしょうか? We hope that all of our readers in Japan came through the recent earthquake in northern Nagano Prefecture safely. 私も翌日になって知り、ぞーっとしていました。実家でもお皿が落ちて来て割れたとか。やはり日本では、常に地震が来ることを想定して生活しないとならないですよね。原発などといったものは問題外だと思います。     Every now and then, I or my husband hears Japanese spoken in Penang, most often either by Japanese women living in Penang as they shop for groceries or by the shopkeepers themselves greeting their customers, or communicating in basic Japanese with them. Occasionally, however, one meets older local residents who learned Japanese during the war, when they were made to learn Japanese in school by the then-occupying authorities. They mention that they were made to sing the Japanese national anthem, and many can remember the lyrics still.…

21st November

21st November

  ようやくこの秋に日本で撮った写真を現像に出しました。 自由学園明日館を撮った方は、半分以上のコマに変な線が入っていてガッカリ。いい加減な現像のためか、ながーい髪の毛のようなものが張り付いていました。プンプン(怒)。コスモスは黒姫高原で撮ったもの。こちらは大丈夫でした。 クラフトフェア松本の応募用に撮ったネガの方は、長野の家に忘れてきてしまったことに気がつき、ダブルショックです。応募できるのかしら、、、どうしましょう? I finally developed a couple rolls of film I had been carrying around with me. It is a problem these days getting them through airport security checkpoints, because I always ask for hand inspection and not every airport’s staff is as obliging as those at Narita and Haneda. I prefer using film cameras, because the intense, rich colors you see in the above photo are simply not obtainable using a digital camera absent some kind of computer enhancement. Also, the depth of field achieved in this shot is not possible with cell phone cameras and other multiple-purpose digital devices.     学生の頃から二代目になるテープメジャーは、いつも首に掛けてるためか、真ん中の辺りだけ数字が消えてしまいました。 こちらで探しましたが、良いものがありません。ロンドンの学生時代もそうでしたが、使いやすい文房具や洋裁用品は日本かドイツ製のものが殆ど。学校の近くにはジョンルイスやリバティ百貨店がありましたが、日本で数百円のブラザーのボビンケースが、二千円程で売られていたのを手にし、わなわな震えた覚えがあります。このメジャーは西ドイツと刻印してあるのですが、今でもドイツで作られているもののようです(←夫の調べ)。 こちらで間に合わせを買うよりも、長持ちするものを使いたいので、日本へ帰るまでこれでしのぐことにします。  The above…